AI時代のエンジニアリング──人間はこれから何を担うのか

先週は、仕事でも趣味の個人開発でも、AIエージェントをガンガン回しながら複数タスクを並行で捌いた。小さなタスクを常に抱え、もう一つの大きなタスクを横で進める。
そんなハンドリングをしていると、ふと考える――「AIは本当に人間の仕事を奪うのか?」と。

僕の実感は少し違う。AIで生産性が上がった分、人間はさらに働いている。これは産業革命の既視感でもある。


この記事で話すこと

  • コーディングの多くはAIに任せられる時代に入りつつあり、差がつくのはAIを“回せるか”どうか
  • AIを使う上で重要なのはエージェント運用(何を任せるか)、意図伝達、検証ループの設計力。
  • 人間が担うべき中心はビジョン/問い/責任。何を作り、なぜ作るかは人間の内にある。
  • 産業革命と同様に、効率化がそのまま余暇にはならない。時間の使い道は個人と組織の意思が決める。
  • この時代に立つ自らに対して、いま・ここ・自分の役割を問い続ける。

1. 現場の実感:AIと並列で進む開発

AIエージェントを軸にした並列処理がもはや当たり前になりつつある。仕様のたたき台、コードの雛形、テストの自動化、ドキュメント生成……。
人間がやるより速く正確な場面は明らかに増えた。とりわけテスト実装はAIの得意分野だ。境界条件の洗い出しやモック設計まで含め、抜け漏れが少ない。

一方で、何を作るかはAIには決められない。プロダクトの方向、ユーザー体験、社会的な意味づけ――ここにこそ人間の仕事が残るし、むしろ重みは増している。


2. 「仕事を奪う」の再演?──産業革命からの連続

「機械が仕事を奪う」という議論は別に新しくない。
産業革命期には機械打ち壊し運動が起きたが、歴史という俯瞰した尺度で見れば、仕事の中身が置き換わっただけでもある。

効率化により同じ時間でこなせる仕事の量が増えると、組織は往々にして余った時間に新しい仕事を詰める。AI時代も同型になるのではないか。

可視化された生産性、短い計画サイクル、常時オンライン――それらが「“余暇として残す”意思決定」を難しくする。

結論だけ言えば、AIは「空いた時間」を自動的に余暇へ変えてはくれないだろう。それには、個人と組織の設計が必要だ。


3. 生産性はどれほど上がるのか

最近何かの記事だか本だかで「AIをうまく回せるエンジニア」と「そうでないエンジニア」で10倍以上の差が出る――そんな話を目にしたが、僕は十分あり得ると思う。鍵は次の3点だろう。

  1. AIエージェント運用(オーケストレーション)
    • タスク分割、優先度付け、並列度の管理。
    • 役割を分けた複数エージェントの連携設計(設計者、実装者、テスター、ドキュメンタ)。
  2. 意図伝達(プロンプト設計と言語化)
    • 制約条件・非機能要件・評価基準の明示。
    • “ここは任せる/ここは人間が決める”の境界の提示。
  3. 検証ループ(評価→修正→学習)
    • メトリクスとテストからのフィードバック。
    • エラーログの解析と再学習の自動化。

この三位一体が回りはじめると、Vibeコーディング(会話しながら実装が立ち上がる)や仕様書の自動生成→レビューのループが現実的な速度で回せるようになる。


4. AI駆動開発ワークフロー(8ステップ)

  1. ビジョン定義(人間):誰のどの悩みを解くのか/成功の定義。この段階では基本的に人間が主体となるが、壁打ち相手としてAIを利用できる。
  2. 仕様ドラフト(AI+人間):ユーザーストーリー・ユースケース・非機能要件・制約の初期案をAIに作らせ、細かい部分を人間が詰めていく。
  3. 設計(AI+人間):アーキ図、I/F、データモデル、失敗時設計(レート制限・再試行)。これも大まかにAIに作らせて細かい部分は人間が補完する。
  4. テスト生成(AI):正規/異常/境界、プロパティベーステスト、E2Eの雛形。前段の設計や仕様がどれだけ詰まっているかでAIが出すテストコードのクオリティに大きな差が出る。
  5. 実装(AI+人間):大まかな実装はAIに任せ、仕様に大きく関わる重要モジュールは人間が意図を細かく指示するか手を動かして修正する。
  6. 静的解析&レビュー(AI):セキュリティ・パフォーマンス・可読性の指摘。
  7. ドキュメント生成(AI+人間):README、運用ルール、決定ログ(ADR)。AIが雛形を作り、人間はそれを評価する。
  8. 計測・反復(人間×AI):メトリクスで判断し、改善サイクルに戻す。

ポイント:人間は“なぜ”と“どこまで任せるか”を決める責任者であり、AIは“どうやるか”の実動部隊。


5. 人間しか担えないコア:ビジョン/問い/責任

  • ビジョン:どんな世界を実現したいか。これは人間の内側からしか出てこない。
  • 問い:何が本当の課題か。手段の先に目的を見失わないための羅針盤。
  • 責任:結果の影響を引き受ける覚悟。倫理・法務・社会的説明責任を含む。

AIに“発想”はあっても、“欲求”はない。だから、何を作りたいかを定める仕事は、最後まで人間の領分に残る。


6. 「エンジニア不要論」の誤解

AIエージェントの驚異的な進歩によって、巷では最近「エンジニア不要論」が囁かれている。これは本当だろうか?

エンジニアリングは本来、専門知を使って社会と未来をより良くする営みではなかったか。コーディングはその一部にすぎない。AIが実装を肩代わりしてくれるほど、エンジニアの本務はむしろ濃くなると思う。

  • 課題発見:技術以前に、解くべき問いを定義する力。
  • 設計:制約とトレードオフの中で、全体最適を描く力。
  • 調整と説明:利害と価値観を束ね、社会実装へ繋ぐ力。

単純作業しかやらないエンジニアは確かに淘汰されてしまうだろう。しかし、本質を担うエンジニアの価値は上がるのではないか。


7. メモ:プロンプト雛形(コピペ可)

仕様ドラフト

あなたはシニアPMです。次の要件から、ユーザーストーリー、ユースケース、非機能要件、制約、リスク、受け入れ基準を出力してください。曖昧な点は質問リスト化してください。
# 背景
# 目的
# ターゲット
# 主要機能
# 制約

テスト生成

あなたはテスト設計の専門家です。次のI/F仕様から、正常・異常・境界値・プロパティベースのテストケース一覧と、疑似データの生成方針を提示してください。カバレッジ目標と優先度も付けてください。
# I/F仕様

エラーログ診断

あなたはSREです。次のログを読み、根本原因の仮説、再現手順、暫定回避策、恒久対策案を、信頼度付きで列挙してください。関連するメトリクスも提案してください。
# logs

コードレビュー

あなたはセキュリティとパフォーマンスに明るいレビュアです。次のPR差分を、重大度A/B/Cで指摘してください。改善パッチの例も示してください。
# diff

8. 個人と組織のチェックリスト

個人

  • 1日の最初に「今日は何を作らないか」を決める。
  • AIに渡す**完了の定義(DoD)**を毎回言語化する。
  • 失敗例・決定理由を**決定ログ(ADR)**として残す。

組織

  • AIで空いた時間の使い道の原則を決める(品質強化/探索/余白の確保)。
  • 評価指標を“量”から“価値”へ寄せる(例:ユーザー課題の解決数)。
  • ガイドライン(PII/セキュリティ/著作権)と監査の仕組みを用意する。

9. 自問自答:Q&A

Q. 本当に10倍差もあり得る?
A. すでに要件→設計→実装→テスト→ドキュメントの同時進行が可能になっている。並列化と再利用で、ボトルネックは「意図伝達」と「検証」に移る。そこを設計できる人は桁違いの速度になる。

Q. AGIや汎用ロボットが来たら?
A. 役割の再定義は起きる。ただし欲求の所有者(何を作りたいか)は人間だ。問いと責任が残る限り、エンジニアリングの核は消えない。

Q. 余暇が増えないのは不幸?
A. 不幸ではない。ただ選ばないと増えない。余白を残す設計を、個人と組織が意思決定として持つ必要がある。


結び:問いを手放さない

僕は、これからの時代はこうだ!みたいな大言壮語を掲げるつもりはない。

**「いま・ここ・自分」**の問いを手放さず、AIと共にエンジニアリングの本質を担っていきたいと思う。

どんな社会になって欲しいのか、どんな未来を想像するのか、そこを起点にどんなプロダクトを作りたいのか――その答えは、AIではなく、僕たちの中にある。