【ネタバレ】天気の子の感想と考察、新海誠は何を伝えたかった?

新海誠さんの新作映画「天気の子」を見てきました。
僕は10年以上前に秒速5センチメートルという作品を見てから新海さんの作品が好きで、ずっと見てきたファンの一人です。

新海さんの作品といえば、なんと言っても圧倒的に美しい風景画が魅力です。
光の描写が巧みで、水や空気の流れなど自然の美しさを意識した作画にいつも感嘆させられていました。

そんなわけで、今回も新海誠さんの作品を拝見させてもらいました。
そこで今回の記事では、「天気の子」を見た感想と考察をここに残しておこうかと思います。

なお、この記事では「天気の子」を見た方向けの記事になっています。
思いっきりネタバレしていますので、これから見る方はこの記事を読まないほうがいいと思います。

「天気の子」を見た感想

天気の子を見た感想ですが、正直なところ微妙な作品でした。
その理由はいろいろありますが、その理由はおもに杜撰なストーリー展開と露骨な広告です。
ただ、そうした悪い点をカバーしてそれなりの作品として見せる画力はさすがとしか言いようがなく、おそらく新海さんの絵でなければ悪いところばかりが目立つ作品になっていたと思います。

設定がよくわからない

ヒロインの女の子・天野陽菜は廃ビルの屋上にあるお社で祈ったところ、天気を晴れにする特殊能力を身に着けます。
これがまさに物語の核心部分なのですが、結局最後まで「そのお社は何だったのか」という部分がわからなかったんです。

また、主人公の帆高も16歳で離島から東京に出てきて働き口を探して、なかばホームレスのような生活もするのですが、「どうしてそんなに島から出たかったのか」という部分が最後までわからなかったんですよね。

また、ヒロインの陽菜が最後に人柱として空に連れ去られるのですが、「連れ去られた先の空の上の世界が何だったのか」、空の上の世界にいた「水の魚は何だったのか」。
見ていて様々な「謎」が出てくるのですが、それらの謎が最後まで解決されることは無かったんです。

また、キャラクターの行動も謎が多く、とくに陽菜が大切な弟と二人で暮らしている家に「拳銃男の帆高」をあまりにも簡単に招き入れるのは理解に苦しむものでした。
クライマックスのシーンでは、廃ビルに主要キャラが集結するわけですが、「なぜ須賀や陽菜の弟がその廃ビルを知っているのか?」というところも謎です。
アニメなのでご都合主義な展開は気にしないほうがいいのかもしれませんが、各キャラのバックグラウンドがほとんど語られなかったことも相まって、ストーリー展開の杜撰さが目立っていたような気がします。

ゆえに、天気の子を最後まで見終わって感じたのは「アレって何だったの?」ってことでした。
おそらく本当はしっかり設定があるのでしょうが、少なくとも映画の中ではそれがわからなかった。
「天気の子」はキャラクターが中心の作品なので、できればそのあたりをしっかりと出して欲しかったと思います。

映画の背景に紛れ込んだ「ネイティブ広告」が多い

次に感じたのが、映画の背景に紛れ込んだ「ネイティブ広告」が多かったということです。
ネイティブ広告とはウェブサイトなどに表示される広告のことで、一見広告に見えない広告のことです。

天気の子では、この「ネイティブ広告」の手法が取り入れられているようで、映画の中に様々な企業の商品が紛れ込んでいました。
たとえば、帆高が陽菜のアパートに訪れたときに持っていった「コイケヤ」のポテトチップス。これを活用した料理を陽菜が作っていました。

また、映画が始まる前には「ソフトバンク」の白い犬が出てきて、映画の中にも2ヶ所出てくるから探してくれと言ったり、「Yahoo!知恵袋」を何度も主人公が利用したり。

極めつけは、最初の方のシーンで風俗などの求人サイト「バニラ」の宣伝カーが登場し、そのあとのシーンで陽菜が怪しいお店にスカウトされて働こうとするなど、広告を入れるにしてももう少し分別をわきまえたほうがよかったのではないかと思います。

他にも広告と見られるシーンが多く、ちょっと見るに耐えなかった。
さり気なくサブリミナル的に紛れ込ませるだけならまだしも、あまりにも広告が露骨でした。
スポンサー企業の要望に応えなきゃいけないという大人の事情もわかりますが、やりすぎではないかと。
こういうシーンに時間を使うくらいなら、物語の設定を明らかにすることに時間を使ってほしかったというのがファンとしての正直な感想です。

そもそも僕たち観客は、わざわざ貴重な時間を使って映画館へ足を運び、お金を払って見ているわけです。
時間とお金をわざわざ使うのは、新海誠さんの作品が見たいからであって、スポンサー企業のCMを見に来ているわけではないんです。
そんなファンの気持ちも次回作ではもう少し汲んでくれたら嬉しいですね。

雨や空の描写がめちゃくちゃリアルで美しい

新海誠さんの作品といえばやっぱり風景画です。
光や水、空気を意識した画は誰が見ても息を呑むほどの美しさで、これは他の作家の作品では見られない「新海ワールド」の一つだと思っています。

「天気の子」でも風景画の美しさは健在で、今作ではとくに雨の描写に力を入れているように感じました。
窓ガラスについた雨粒が流れるようす、雨が地面に叩きつけられて跳ねるようす、地面に落ちた雨が水流となって側溝へ流れていくようす・・・ありとあらゆる雨の描写が詰め込まれていました。
雨の描写は「言の葉の庭」という作品でも多かったのですが、今作ではより多彩な「雨」が描かれていました。

また、空と空気の描写にもよりいっそう磨きがかかっていました。
新海作品を見ていて毎回感じるのは「空の画が壮大でキレイ」ってことなんです。

今回は物語のほぼ全てが東京でしたし、雨のシーンが多かったので「壮大な空」という感じはしませんでしたが、より「リアルな空」を書いていたように思います。
飛行機からしか見ることができない積乱雲のてっぺん、空の上で幾重にも層をなす雲など、水と空気でできた「地球の大気そのもの」を描ききっていたように思います。

こんな描写ができるのは、さすが新海さんだと感嘆しました。
僕はいろいろアニメを見ますが、こんなに素晴らしい空を描けるのは新海さんをおいて他にいないのではないかと思っています。

新海誠さんは「天気の子」で何を伝えたかったのか?

ところで映画というものは、自己表現の手段です。
ゆえに映画には必ず作者の「伝えたいこと」「表現したいこと」が込められています。

そういった想いがあるからこそ、作家は素晴らしい作品を作ろうとするのだと思うし、より高度な表現を追求するのだと思っています。
だから、映画の中のどこかに必ず作者が伝えたいことが埋め込まれているはずです。

新海さんは「天気とは何か」を描きたかったのではないか

天気の子の中で新海さんの代弁者は誰だったのか。
僕はおそらく、須賀が取材に行った神社の神主のお爺ちゃんだと思ってます。

神主のお爺ちゃんは、天気に関して「観測史上最大なんて言うけど、そんなのたかだか100年くらいの話じゃ」なんてことを言っていました。
他のシーンでは「空はまだわかっていないことだらけ」というような事も語られていました。

最近、日本では頻発するゲリラ豪雨が問題になったり、四季の変化が乏しくなったりと「異常気象」がよく話題に上がります。
確かに天気予報でも「観測史上最大の豪雨」とか「観測史上最大の台風」とか言うことをよく耳にするようになり、地球環境が狂ってきたのではないかとささやかれることもしばしばあります。

しかしながら、「天気の子」の作中でも言われているように、科学的な気象観測がされるようになったのはたかだかここ100年くらいの話です。
まして気象衛星などを打ち上げて外から地球を見られるようになったのは戦後の話で、ここ60年くらいのことです。

たったそれだけのデータしか無いにも関わらず、本当に「異常」気象なんだろうか?
人類は地球の気象について知っていると思っているけれど、本当は知らないことの方が多いのではないか?

そもそも地球という星は、これまで46億年の歴史の中でダイナミックに気象を変化させてきた星です。
たとえば2億3400万年前には200万年間も雨が降りつづけた時代があったと考えられていますし、24億年前には地球がすべて氷漬けになった時代もあったと言われています。

地球とはそもそもそういう星なのだから、気象が変わっていくのはむしろ当然のことなんじゃないだろうか。
だから新海誠さんは帆高に「壊れた天気と陽菜」を天秤にかけさせて、陽菜を選ばせたのではないか。
新海さんは単なるラブストーリーのクライマックスとして「陽菜」を選んだのではなく、壊れた天気はむしろそれが普通なんだということを訴えたかったのではないかと思っています。

つまり、ちかごろ世界中で異常気象が問題になっているけれど、これからの時代も恐れず生きていこうと言いたかったのではないか。
だからこそ、映画の最後に東京が水没しても、そこでたくましく暮らしている人たちがいたんだと思います。
このことは、「天気の子」の英語タイトルが「Weathering with you」となっていることからも読み取れると思っています。

まとめ

僕が「天気の子」を見た感想はこんな感じです。
あなたはどう感じましたか?

映画を見てどう感じるか、何を受け取るのかは見る人次第だと思います。
帆高と陽菜の純愛ストーリーに心打たれる人もいると思いますし、街の描写のリアルさに感嘆する人もいると思います。

僕は、「天気の子」は微妙だったというのが正直なところですが、新海さんの伝えたいことはなんとなく伝わったような感じがしました。
それに、風景画の美しさは健在で、むしろ格段にレベルアップしていたので満足です。
次回の新海誠さんの作品もまた映画館で見ようと思います。